研究内容

本研究室は、世界最先端の細胞シミュレーション技術の開発を通して、理研生命システム研究センター(QBiC)において中核的な役割を果たしています。

細胞シミュレーションは21世紀最大の科学的挑戦の一つです。

細胞は、1ピコリットル程度の極微小の空間に、その一つ一つが複雑な複合デバイスであるタンパク質分子や核酸などの巨大分子を数万種類詰め込んだ、人類が知る最も複雑な超分子機械です。細胞はその一つひとつが非常に多くの機能を同時並列に処理しながらも、1ピコワットという驚異的なエネルギー効率で動作しています。この精緻さは我々が現在工学的に作り出すことが出来る人工機械の比ではありません。細胞システムの動作原理を知ることは、生命とは何かを知ること、さらには、創薬や医療の進歩に直結するだけでなく、我々のものづくりの方法と世界に働きかける能力を一変させる可能性があります。

では、何をもって我々は細胞システムの働きを理解した、と言えるでしょうか?

物の仕組みの理解には、互いに密接に関連した2つのあり方があります。一つは、「それ」がどのような要素で構成され、一つ一つの要素がどのように相互作用して全体の振る舞いとなっているのか、という物理モデル。もう一つは、1:1の実体を現す物理モデルが、要はどんな原理で組織され、そして人間はそれをどう理解するのか、という原理モデルです。科学とは突き詰めれば後者の原理モデルを構築し共有する営みであると見ることができます。その一方で、創薬、医療、工学への展開のためには、定量的な予測性のある物理モデルの構築が不可欠です。

細胞のような複雑なシステムを探求する際には、コンピュータシミュレーションが可能な事は我々が細胞の物理モデルを手中に収めた事の強い証明になります。また、このような系ではシミュレーションを実現する事と、そこに存在する生命システムの原理を探求する事は表裏一体の関係にあります。

E-Cell System

我々は、システム生物学という言葉が一般に知られる前の1996年から細胞シミュレーションの実現に取り組んでおり、1999年には不完全ながらも世界初の仮想全細胞シミュレーションの実現に成功しました。この時開発したソフトウエア基盤であるE-Cell Systemは世界的に有名な細胞シミュレーターとなりました。我々の研究室では、E-Cell Systemの開発を中心に、実用的な細胞シミュレーションの実現を支える技術的、理論的基盤の構築や応用を行なっています。

E-Cell Systemに搭載される先端的な技術には、たとえば世界最高性能の正確な粒子反応拡散法であるグリーン関数反応動力学法(GFRD)、非常に柔軟性が高く計算が高速なSpatiocyte、シミュレーション結果と実験結果の比較に強力な武器となる蛍光顕微鏡/分光法シミュレーターなどがあります。詳しくはこちら

シミュレーションが生命の階層をつなぐ

hierarchy

生命システムは、分子、分子複合体から細胞、組織、個体、さらには生態系にいたるまで、非常にスケールの異なる階層にわたって重層的に機能する点に大きな特徴があります。これはこれまでの物理化学や工学が扱ってきたシステムとは大きく異なった特性であり、生命システムの全貌を直感的、解析的に理解する事は非常に困難です。多階層にわたってシステムの全貌を理解するうえで、シミュレーションは不可欠なアプローチの一つです。

細胞環境

これまでは、細胞内の分子の働きは試験管中の ような均一な希薄溶液や真空中などの理想的な環境を念頭にモデル化され、理解 される事が多く行われて来ました。しかし、現実の細胞内空間は1ミリリットル あたり数百ミリグラム以上に逹するいわゆる分子混雑の状況にあるだけでなく、 細胞膜や細胞骨格、細胞内小器官、ゲノムなどにより高度に構造化されている事 が知られています。近年、1分子レベルの観察技術が急速に発展し、このような 特異な「細胞環境」の中で、細胞内分子が動的に時空間パターンを変化させなが ら、いかに高次の細胞機能を実現しているか、その様を直接観測する事が可能に なってきました。多方、「京」をはじめとする高性能計算機の実用化や新たな 計算手法の開発で、細胞環境を露わに考慮した細胞内分子ダイナミクスのシミュ レーションに道筋が付きつつあります。

 「京」スーパーコンピュータによるヒト細胞機能のまるごとシミュレーション

スーパーコンピュータ「京」をはじめとする高性能な計算機の登場により、ヒト細胞機能のまるごとシミュレーションが可能になりつつあります。細胞機能の中でも、特に、細胞の増殖や分化を制御する上皮成長因子(EGF)シグナル伝達経路は、細胞のがん化に深く関与するなど、医学的にも重要なシグナル伝達経路です。このシグナル伝達経路が、細胞環境下で、どのようにして、外部からのシグナルを処理しているか?、外部シグナルに対する細胞個々の応答差がどのようなメカニズムで発生しているのか? これらは、未だよく分かっていません。そのため、現在、我々は、これらの現象を解明するため、京コンピュータ上でのEGFシグナル伝達経路のシミュレーションに取り組んでいます。

その他のプロジェクト

このほか、

  • 神経細胞のモデリング (QBiC岡田チームと共同研究)
  • 細胞性粘菌のまるごとモデリング (QBiC上田グループと共同研究)
  • ゆらぐ染色体における遺伝情報検索の原理 (遺伝研前島研と共同研究)

など、複数の共同研究プロジェクトを進めています。